小学生のとき、「キムゲ」と呼ばれている男子児童がいました。
名字が「木村」だったので最初は「キム」と呼ばれていたのですが、誰かが「キム・ゲジュン」と呼び始め(キム・デジュンを間違えたもの)、それが省略されて「キムゲ」になって定着した記憶があります。
彼は我が学年唯一の「一年中半袖半ズボン」の男子でした。どこの学校にも一年中半袖半ズボンキャラはいるようですが、我々にとってのそれはキムゲでした。
キムゲは風邪を引いたときも半袖半ズボンで登校し、机で鼻水を垂らしながらブルブルと震えていました。隣の席の林くんは「風邪が伝染るから頼むから休んでくれ」と非常に迷惑がっていました。その翌日、ちゃんとキムゲも林くんも学校を休んでいたのは笑いました。
2000年初頭、日本中を「BSE(狂牛病)問題」のニュースが席巻し、各家庭がこぞって牛肉の購入を控える事態になったのを覚えているでしょうか。あれは段々と事態が収束し、数か月で各家庭も少しずつ牛肉を解禁していった記憶がありますが、そんな中、1年以上、頑なに牛肉を食べようとしないのがキムゲでした。警戒心が非常に強い母親の方針らしく、キムゲは給食の牛肉も徹底して除けていました。
彼はこれまで「半袖半ズボンのキムゲ」として知られていましたが、さらにキャラが上乗せされて「半袖半ズボンで牛肉を一切食べないキムゲ」として我々の学年では有名になっていきました。
ある日、さらに「キムゲとその親が自分の家の庭にテントを張って一晩過ごし、キャンプ気分を味わっていた」という目撃情報も広まりました。さすがに、その話題は半袖半ズボンとも牛肉とも関係ないし、普通に意味不明だったため、さほど取り沙汰されることもなく忘れられました。
みんな小学生ながらに「いくらなんでも情報が取っ散らかりすぎ」「どこからイジればいいかわからなくなる」と判断し、キムゲの「家でキャンプ疑惑」からは意図的に目をそらしていた感じがします。小学生が誰かをイジるとき、イジりポイントは2つが限界です。それ以上あると持て余してしまいます。
キムゲが牛肉を食べなくなって2年くらい経ったある日、彼がクラスで「実は昨日、牛肉を食べたんだ」と言いました。みんなビックリです。
話を聞くと「昨日、親と買い物してたら、サイコロステーキがすごくおいしそうで「『まあ、いっか』となってしまった」とのことでした。当時は「あそこまで頑なだった人が、そんなあっさり解禁しちゃうものなの?」と不思議でした。
今思うと、牛肉を我慢することにもだいぶ限界が近付いていて“解禁してもしょうがないほどおいしそうな牛肉”の存在を心のどこかで待ち望んでいたんだろうな…となんとなく推測しています。