【動画の概要】
新幹線の車内電光掲示板でマイケル・ジャクソンが死去したニュースが流れた瞬間を映した20秒程度の動画。映像自体は2009年6月のものと思われるが、マイケルの死から1年後の2010年6月にアップされている。概要欄には「自分がマイケルの死を知ったのは、こんな場所でした。東京から新大阪へ向かう新幹線の車中」と記されている。資料的な価値を指摘する人が多いが、それ以上の何かが人々の胸を打ち、現在221万回再生されている。
【この動画をなぜ「いい」と感じるのか】
この動画は「哀愁」「懐かしさ」を主としながらも、それ以外にも何かありそうな、説明しがたい強烈な魅力を放っているように感じる。どこか心地良さもある。これがなんなのか考えてみたいと思う。
この動画の面白いところは、映されているものがどことなく自分の記憶であるように錯覚しそうになる点である。自分だけの感覚なのか?とも思ったが、コメント欄にも「子供の頃新幹線の車内ニュース見るの新幹線に乗ってるって感じられて好きだった」と昔の記憶を疑似体験している人がいた。少し違うが「親が『マイケル死んだってよ』って伝えてきた時、ガチで時止まったのを鮮明に思い出す」「私は親と山形のさくらんぼ狩りのバスツアーの時に親と親の友達が喋ってるのを聞きました」と、自分の中に実存する記憶が呼び起されたという人も多かった。
自分の記憶であるように錯覚しそうになる理由は「①人間が映されていないファースト・パーソン・ビューであること」「②テレビのようなキレイな映像ではなく、その時代に我々が所有していたスマホやカメラと同一の画質で残されていること」の2点が大きいような気がする。②は特に重要で、まさに2009年頃に私がデジカメで覗いていた世界と同じ画質なので、その時代の日常にスッと入り込める。
この動画は上記のようなノスタルジーを強烈に感じられるのが最大の魅力であり、芸術的・美術的な側面での価値はそこまでないように思える。最初、私はこの動画を観たときになんともいえない奥深さを感じ、どこが芸術的で、どのような映像的魅力があるのかという視点で掘り下げようとしたのだが、深く考えれば考えるほど、もっと感覚的な……言ってしまえばドパガキに近い消費の仕方をしていることに気付いてゾッとした。強烈なノスタルジーに気持ちよくなってしまっているだけなのだ。
ノスタルジックな記憶を思い出すと、ドーパミンなどの快楽物質が放出されて高揚感や心地よさが得られるという研究結果がある。郷愁は有用な感情戦略にもなり得るし、有害な依存症にもなり得るという。ノスタルジアは社会的帰属意識を肯定し、孤独感を和らげることで、私たちの精神的健康に良い影響を与える心理的な適応メカニズムだとも言われている。
https://www.neurologylive.com/view/brain-and-nostalgia
https://www.apa.org/topics/mental-health/nostalgia-boosts-well-being
結局、我々大人が画質の粗い2000年代の動画や懐かしいCMダイジェストをYouTubeで漁って「なんかいいわあ」としみじみしたり、郷愁に胸を苦しくさせていることは、現代の子供たちがショート動画やスマホゲームなどの刺激の強いコンテンツに依存していることと本質的には同じで、Z世代をドパガキとバカにできる立場ではないような気がする。このタイプのドーパミンに依存している大人(ドパアダルト)たちは「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」に登場する“オトナ”に近い。「オトナ帝国」は今となっては「ドパガキ問題」を本質的に先取りした映画で、新たな示唆的な意味が生まれているかもしれない。
【この動画の価値】
YouTubeには個々人の日常の記録映像が集積される場として資料的価値がある。記録映像には単なる日常だけではなく、重大な出来事が起こった瞬間も含まれる。その重大な出来事そのものを映したものを1次的とすれば、その出来事を知った瞬間やそのことについて論じているものを映したものは2次的といえる。1次の映像はこの世に1カ所だけだが、2次の映像はそのニュースを知った人の数だけ存在する。「同じ月を見ている」的なロマンだ。人は月を地球上のあらゆる場所でそれぞれの事情を抱えながら見ている。そんな名もなき一般人たちの月を見る“視点”を簡単に借りられるようになったのは、YouTubeの普及がもたらした革命の1つだといえる。
受験に落ちた瞬間、親しい人物の死を知った瞬間、大好きなアイドルの熱愛記事を見た瞬間など、衝撃的なニュースを知った瞬間の人の記憶は、そのときの場所と深く結びつけられる。その結びつきを自分のことのように疑似体験できるのはYouTubeならではであり、YouTubeは他人の視点に乗り移りながら世界中をワープ&タイムリープできる、「イタコ」「どこでもドア」「タイムマシーン」を融合させたような装置なのである。
「Michael Jackson の死を知った場所」は、そんな無数の視点の1つだが、その中でも独特な魅力が付加されている。特に大きいのは、20秒の短い映像の中に「誰もが知る世界的スターの死というショッキングなものであること」と「新幹線の車内電光掲示板という、今は無きものの姿が映されていること」という“2つの死”が内包されている点であろう。新幹線の車内電光掲示板による「文字ニュース」の配信は、スマートフォンや無料Wi-Fiの普及により、2023年3月末までにすべての路線で終了した。つまり、死んだものが死んだものを伝えているという二重構造になっており、強い喪失感をまとった強大なノスタルジーになっているのだ。上述した“ノスタルジードーパミン度”が危険レベルで高いように思える。ここに新幹線の中という非日常性から生まれる高揚感もプラスされ、総合ドパ含有量がすさまじいことになっている。カフェインが危険なほどに含まれてしまっているエナジードリンクと同じだ。そんな映像に「Michael Jacksonの死を知った場所」というカッコよすぎるタイトルが付いているのだから、危ういほど完璧な魅力を放っているのか? 皆さんはどう思うか。
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