2021年9月1日水曜日

スカムミュージックの概念を超えた!俺が提唱する最先端の音楽ジャンル「善人音楽」

「善人音楽」という音楽の新概念を提唱したい


「善人音楽」とは、文字通り、性格のいい人が作る音楽です。アーティストの人間性を重視し、音楽性は置いておいて、とにかく「善良で真面目な人が生み出す楽曲」こそが至高だという音楽観のことも差します。


アーティストが事件を起こしたとき、必ず語られるのが、作品の評価と人間性を切り離すべきか否かです。小山田圭吾の壮絶なイジメが明るみに出たとき、「もう聴きたくない」という人もいれば、「やったことは許されないが彼の音楽は変わらず好き」という人もいました。アーティストの人間性を加味して音楽を聴いている人と、切り離して聴いている人の違いでしょう。


これは単なる“違い”であって、どちらの態度が好ましいかという議論はほぼ意味がありません。人間性が反映されている曲もあれば、まったく反映されていない曲もあるのだから、場面ごとに事情は変わります。自分の姿勢を一貫させる必要はないのです。


僕はどちらかというと、人間性を加味しながら聴くタイプです。「良い曲だな」と思いながら聴いても、「でも、こいつイジメやってんだよな…」と頭をよぎると一気にテンションが下がりますので、人間性に問題ありだとされている人の音楽は基本聴かなくなります。「音楽以外の要素で作品を判断するのは、音楽を愛してない」みたいな声もありますが、知ったこっちゃありません。コーネリアスのいじめっ子時代激白記事を知った中学生時代にコーネリアスのCDを叩き割ったり、ピエール瀧が逮捕された瞬間に「この人、悪い人」と言いながら電気グルーヴのCDを爆竹で吹き飛ばしてもいいのではないでしょうか(もちろん愛聴し続けるのもいいですね)。そもそも音楽を音楽だけで判断するのは無理です。音楽の聴こえ方は、その日の体調や天気も関わってきます。そのくらい繊細なものです。我々が音楽に対すして下している評価は無意識にでも気分、天候、体調、空腹度合い、恋心、尿意、便意、死への恐怖などが絡まってくる、とてもとても複雑なものなのです。極端なことをいえば、Pitchforkのあの謎の数字だって、ライターの尿意が多少なりとも影響しているのです。




……とここまでは前置きです。

要は、不祥事や事件を起こした人の音楽を聴きたくなくなっちゃうことってあるよね、ということです。




あるとき、ふと思います。

不祥事や事件を起こした人の音楽は聴きたくなくなる。

でも、ボランティアや人助けをした人の音楽を聴きたくなるわけではない。

何故か。


不祥事や事件を起こした人の音楽を聴きたくなくなるんだったら、

ボランティアや人助けをした人の音楽ばかり聴きたがってもいいのではないでしょうか?

…という本末転倒な方向に突き進んだ結果誕生したのが、新たな音楽観「善人音楽」です。

これを思い付いた瞬間、僕の音楽観は新たなステージ(さらに下のレベル)に移った気がしました。



<注意:ここから下は「ですます口調」から「偉そうな口調」に変化します。>


アーティストの人間性を精査し、慈善活動をやっている人間の音楽のみを聴け。音楽の評価は、やってる奴がいい奴か悪い奴かだけだ。そうすれば、アーティストの人間性を巡ってリスナーがいがみ合ったり、不祥事を起こしたアーティストのファンでいるべきか離れるべきか迷ったり、もうそんなくだらないことから解放される。


俺はもう「このリズムが優れてる」とか「このメロディが高度」とか、そういう次元を脱却し、さらに間違った悲惨な方向に突き進みたい。


スカムミュージックは「敢えて出来の悪い音楽を愛でる」という新たな価値観だったが、音楽の出来で作品を評価している時点で遅れている。遅善人音楽は音楽の出来なんて最初から眼中にない。

ヤフコメ民が好むような真面目で行儀のいい善人の登場を望むだけだ。これは「音質が悪い」とかグチグチうるさいアジカンのゴッチが100万回生まれ変わっても辿り着けない境地である。


(この物語はフィクションです。世界中の音楽リスナーのレベルを原始時代にまで戻し、音楽市場を崩壊させることを目的としています)

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